【ぼくの探偵物語】おばあちゃんの指輪

 


彼らは二重の人生を送っている。工藤新一は毒を盛られて小学生になった後、江戸川コナンとして生きている。夜神ライトは一見、普通の高校生だが、デスノートを手に入れてから”キラ”として犯罪者を殺す二重生活を送っている。ルルーシュは学生でありながら、反乱軍のリーダー”ゼロ”として活動している。イエス・マイ・ロード!

彼らは自分たちの秘密が他人に露見すると、自身の生活や目標に大きな影響を及ぼす可能性があるため、それを隠す必要がある。

物語を見ている僕たち読者は彼らが持つ秘密を知っている。そこに作品を読む面白さがある。秘密がバレるんじゃないかとハラハラドキドキし、なんだかんだあってバレなったときに知恵や運でそれを乗り越え、彼らと一緒になってホッとするわけだ。

秘密というのはどうやら僕たちを魅了する不思議な魅力があるらしい。

浮気をするときももちろん相手に隠して行う「秘密」の行為だ。故に、浮気調査も当然「秘密」に関わることになる。しかし一方で、僕たち探偵がその理由や目的に触れることはあまりない。

コナン君が元の姿に戻りたいと思っていることや蘭姉ちゃんのことが好きなこと、夜神ライトが世界の犯罪者を裁き新世界の神となりたいこと、シスコンルルーシュはナナリーが安全に過ごせる世界を作りたいこと、などなど。彼らには理由や目的がありその中に秘密がある。あーナナリー好き。

秘密の魅力はストーリー性の強い物語やキャラクター性にあるのだとすると、ただ単純な浮気調査における「秘密」はストーリー性も糞もなく糞野郎の犬も食わないゲス行為と捉えていいだろう。

ただ、たまにあるんだよ。 なんかこうグッとくる「秘密のストーリー」がさ、その時に僕たちは物語の中に入り込むことになるんだ。

「旦那の浮気を突き止めたい」



依頼者は70代女性の妻A、対象者は70代の土建会社の男性経営者Bだ。二人には子供も孫もいる。

どちらもその当時20代前半の僕からすれば高齢のおじいちゃんおばあちゃんという感じで「えー、何調べんの?」と調査をし始めたときはピンと来ていないかった。

だが、今自分が40歳になってみると精神年齢は10代後半の高校生の時代からあまり変わっていない。高校生の時から道行く女性のおっぱい見ちゃう、今でもおっぱい見ちゃう。20年近く女性に対する感覚値というのはほとんど変わっていない、男と女の惚れた晴れたは年齢は関係ないのかもしれない。

調査は一週間、Bが朝家を出てから帰宅するまでだ。行動パターンはルーティーン化されていた。

7:00に自宅を出て事務所 10:00に現場に行き社員と過ごす 12:00に社員とランチ 18:30に事務所に帰る 20:00に事務所と自宅の間にある小料理屋へ 22:00に自宅に帰る

移動も100%車を利用している、寄り道をする雰囲気もない。Bほとんど一人行動で浮気をしているようなそぶりもない。調査も3日になってくるとルーティーン化してくる。とどまっている場所を出る時間もほとんど一緒だしつまらない調査だ。

一週間続けてみたが本当に毎日同じルーティーンで何も変化がない、別にこのまま最終日まで変わらない日々を追っていても調査報告書としては成り立つが、最後に少し冒険することにした。

最終日、毎日20:00に行く小料理屋に僕も入ってみることにしたのだ、対象者がお店に入った10分後に僕も店内に入ってみた。

「いらっしゃいませ」

僕は後輩を車に残して一人で小料理屋に入った、店内はカウンター6席、小上りにテーブル2つのおばんざい系小料理屋で、70歳ぐらいのおばあちゃんが女将をやっていた。きれいな店づくりではあるが建物は相応に古くおばあちゃん女将と同じぐらいの築年数に見えた。おばあちゃん女将は色白で吉永小百合みたいな可愛い感じの人だった。甘い煮物の匂いがし、よく掃除が行き届き清潔な店内で雰囲気が良かった。

店内では3組ほど7人ぐらいがそれぞれ晩酌を楽しんでいた。カウンターにB含め3人、Bは入り口正面から一番左、小上りとの境目のカウンターに一人で座りビールを飲んでいた。(Bは毎日飲酒後車で自宅に帰る、今では厳しく取り締まられているが、15年ほど前は今ほど飲酒運転の取り締まりが厳しくなく軽く飲んで運転して家に帰るのは当たり前だった)

僕はおばあちゃん女将にカウンターに案内され対象者から三つ右の席に座った。Bと僕の間には40代の現場作業着っぽい感じの服を着た男性が2人でビールを飲みながらおしゃべりをしている。カウンターの上にはいくつかのおばんざいが大皿で並んでいた、甘辛く煮たジャガイモからよく照りが出ていて旨そう。※田舎の小料理屋系の居酒屋は今の僕にとって大好物だが、このころはまだまだ20代前半で小料理系居酒屋の魅力全然わかってないので思い出補正あり〼。

「生ひとつください」

店内は時間相応に騒がしく、横目で対象者が一人で晩酌する姿は確認するものの、物静かな雰囲気。誰かと会話をしたら録音をする準備はしていたが、店内の騒がしさもあり、Bが誰かと話したとしても聞きとることはできないだろう。

調査員が対象者と直接接触することはたまにある、依頼の目的を達成するために必要なのであれば友達になったりすることもある。なんなら口頭で浮気を認めさせるために証拠を見せて事実を認める言葉を言うように誘導し録音することもある。

対象者と何らかの情報を入手するために接触するときは、関係値を築こうとするのだが、本音で接しない方が客観的に物事を見れるからか、事前調査もして対象者と自分との共通点を上手くつくりだし親近感を演出できるからか、いずれにせよ、上手く対象者とのコミュニケーションが取れ意図通りに仲良くなりやすいのが興味深い。そりゃ詐欺も横行するわ。

そうこうしているうちに、小一時間が経ち、僕とBの間にいる2人の男性が会計をし席を立ち、店を後にした。僕とBの間に人はもういない。

さて、どうやってしゃべりかけようかと考えていると、Bはおばあちゃん女将と会話をし始めた。毎日通うだけあってBはこの店の常連であり、おばあちゃん女将と長い関係があるようだ。ん?もしかしたら浮気相手はこのおばあちゃん女将か??

うーん、あり得るかもしれない、よく考えてみたらそうでもなけりゃこんなに毎日通わないよな。そうだ、きっとそうだ。だが困った、例えBの浮気相手がおばあちゃん女将だとしてもその証拠は何もない。うーん、どうしよう、慌ててもしょうがないし。

そうこうしているうちに、Bも会計を始めてしまった、もう帰ってしまう。どうする、話しかけてみるか、僕も店を出るか。

もやもや考えているうちに、会計を終えたBは店を後にした。考えがまとまらないうちは動かない方がいい、自宅までの車両尾行は車で待機している後輩に任せる。

慌ててもしょうがない、Bから探るルートはやめておいておばあちゃん女将からなにか埃が出ないか探っていこう。幸いにもカウンター席には僕しか座っていない。ほかのお客は小上りだ。とりあえず僕は知らない食べ物エシャロットを頼んだ。(本編となんも関係ないけどこの日初めてエシャロットという食べ物を知った)

僕「なにこれ、らっきょみたいですね」

女将「お味噌つけて食べてね」

僕「旨いっすね、好きです」

女将「あら、そう」

僕(なんとなく女将と会話を始めた。会話は点と線だ。細い糸を紡ぐようにつながる情報を少しづつ掘っていく。)

僕「ネギっぽい味です、味噌合いますね。よく出ます?」

女将「そうね、結構」

僕「他なにがよく出ます?」

女将「どうかしら、サバの塩焼きかしら」

僕「ああ、じゃそれください」

僕(まずは会話のキャッチボールが出来た、店主と客という環境もあるので心理的なハードルも低い。)

女将「はい、どうぞ」

僕「どうも~」

女将「あなた、この辺?」

僕(お、来た。この辺の人に見えないけどどこから来たの?の意だ。)

僕「いや、名古屋です。近くに友達がいて帰ってくるの待ってます」

女将「あらそう」

僕「この辺、静かでいい感じですね」

女将「そう?何にもないわよ」

僕(お、さらに来た、ここからお店のことにつなげていける。)

僕「結構、お客さん入ってますね。常連さん多いんです?」

女将「そうね、よく来てくれる人多いわ」

僕(クローズドクエスチョンでちょっと対象者出してみる)

僕「さっきの端っこのおっちゃんとも、楽しそうに喋ってましたもんね」

女将「そうね、よく来てくれるわ」

僕「そうなんすね~」

僕「ビールお代わりください、あと枝豆」

僕(まずはこれでよし、あまりしつこく追わない。会話は線で掘ってたまに点で移動、線で掘ってたまに点で移動の繰り返しだ)

少しづつおばあちゃん女将との会話の量を増やしていく、そうこうしているうちに、小上りのお客さんも会計し店を後にした。

これでこの店には僕とおばあちゃん女将の2人だけだ。

だが「Bとおばあちゃん女将は恋仲なのか?」とストレートにおばあちゃん女将に聞くことはできない、うまいこと誘導しておばあちゃん女将から「Bさんといい感じの関係を長年つづけているワ~」みたいなことを言ってもらいたい。

何かいい手はないか、何かいい手は。僕の恋愛話を出して話をそっちの方向になんとなく誘導するか。結婚観でも話すか。

ふと横をみるとお店に通信カラオケがあるのを見つけた。これだ!これしかない!これでいこう!

僕「カラオケあるんすね」

女将「そうよ、なんか歌う?」

僕「いいっすねー」

リモコンと曲集を受け取ると僕は分厚い曲集からあの曲を探し入れた。

君に決めた!

指輪 (navy&ivoryの曲)

この曲は歌詞の「僕」が結婚式を迎え妻となる「君」を想って書かれた詩となっている。

もし仮にBと女将が恋仲だったとしても、それは叶わぬ恋だ、夫婦ではないのだから、そして2人はもう70歳近くになる人生の終盤ももう近い。女将はBの弱い部分をたくさん見てきたのではないのか。そしてBのいない日常を過ごしてきたのではないか。


全て僕の勝手な想像だが、女将の心に響くように全力で歌った、時に切なく、時に激しく。

「約束します、君を残して、僕は死ねません」サビのキラーフレーズが女将を突き刺したはずだ。




僕は6分半全力で歌い上げた。

女将「これ、なんて人の曲?」

僕「ネイビーアンドアイボリーって人の曲です、いい曲ですよね」

女将「感動しちゃった、ちょっと書いて」

僕「何をです?」

女将「歌手の名前と曲の名前と番号、あの人に聴かせたいわ〜」

僕(キタ!女将の乙女の扉を響かせられた!ここだ!)

僕「あの人って誰っすか〜、さっきの常連さん?」

女将「そう、あの人よ〜」

僕「おー、付き合ってるんですか〜」

女将「そうなのよ〜、もう長くて。。」

その後のノロケタイムを全て録音して僕は報告書に書き起こした。

いつも僕らはカメラ越しに対象者を見ている、そこに移るストーリー性は想像や妄想でしかない。カメラを超え対象者と声を交わし、顔を突き合わし、目を見、声を聴き始めて感じる、温かさややさしさを感じることがある。

真実はいつもひとつかもしれない、しかし、現場で見て聞いて触って初めて分かる愛があり愛を感じることがある。勘違いしないでほしい、決して浮気を認めているわけではない。

見る位置、距離、触れ方によって物事のとらえ方は変化し、その時に「秘密」はストーリー性とキャラクター性を持ち最高に輝きだすのだ。

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